お手本としての岩波写真文庫

岩波写真文庫というのは、ある程度の年代以上ならばご存じの方も多かろうと思います。昭和25年から33年にかけて計286点刊行され、日本各地に暮らす人々を視座の中心に据えてそれを取り巻く自然、社会、政治、科学技術などをテーマにしていました。内容的にはやはり当時の時代精神を反映しているなと思わせられるところも中にはありまして、たとえばある巻から一節を引用いたしますと・・・
「かつては没法子(メイファーズ)という言葉が中国のものであったと伝えられているが、その中国の民衆はいつの間にか没法子をかなぐり捨てて、たとえば世界史に類例のない大土木工事を人民の幸福のために行っているという。」
政治や思想は時代が移るにつれて変転するものだと思いますがしかしそれは別として、岩波のこのシリーズには、写真をどのように用いまた向き合うかという点について示唆があるのではないかと前からひそかに思っておりました。

写真①は椿の茶屋蔵書の一部です。


iwanamishashinbunko_01_800px.jpg
写真① 岩波写真文庫(オリジナル版)
(注 左下の「九重山群」は岩波写真文庫に似せた別もの(大分県庁発行・昭和33年)です。同文庫の影響が当時かなりあったことをしのばせる資料としてここに入れました)


またその後ごくたまに一部が復刊されていて、写真②の右上は昭和62年にやや大型の判で印刷されたもの(写真の焼きが雑に見えてあまり好きではないのですが)、黄色い宣伝ステッカーが貼られた左上の二冊は平成19年版で、これは下段に並べたオリジナル版と同じ大きさに戻りました。

iwanamishashinbunko_02_800px.jpg
写真② 岩波写真文庫(上段4冊が復刻版)


・ ・ ・ ・ ・

岩波写真文庫に収められた写真の特徴を自分なりに挙げれば、以下の三点ではないかと思います。お読みになったことのない方に表紙の写真だけ見せていきなりこんなことを申し上げるのも何かもしれませんけど(^^;)・・・
写真そのものは平易だが狙いは確かである。
   写真一枚一枚はありのままを平易かつ実直にモノクロで撮ったものでありまして、掲載された中からひょいとつまみ上げて写真コンテストに持っていけば賞を取れるような写真ではありません。アサヒカメラ誌か何かの記事だったと思いますが、終戦後の物資のない時代であったので、カメラマンに支給されたのは50mmの標準レンズ一本だけであったとかいう話を読んだ記憶があります。しかし、何を撮っているかという狙いは一枚ずつはっきりしているなと思います。
文章と写真の相乗効果がある。
   紙面に占める面積でいえば、写真5に対して文章1くらいの割合でしょうか。もちろん一般論として文章だけ、あるいは写真だけで何かを伝えたり主張したりすることはできるわけですが、しかしこの本から文章または写真のどちらかを取り去ってしまうと感動は薄れるだろうと思います。つまり、両者が相乗効果を発揮することによって成り立っている本です。
メッセージがしっかりと感じられる。
   写真の狙いが的確であるという一つめのポイントとも関連するところですが、結局これが一番大事なのでしょう。たとえば写真①の右上に写っている「廣島 戰爭と都市」は、あのオバマ大統領も見学した広島の原爆資料館の展示と同じくらい、いやそれ以上に、読む者の心に訴えかけてくるものがあると思います。終戦直後の占領中にこのような本を出版することはできなかったはずで、日本の独立回復を待って昭和27年に刊行したのでしょう。いえ、これほど主義主張のはっきりしたものでなくても、たとえば写真①上段の「忘れられた島」や都道府県別の新風土記シリーズなども、その土地の人々の暮らしぶりやそれを取り巻く風土などを冷静な目で眺めエッセンスを淡々と伝えています。「屋久島・種子島」には宮之浦岳登山に関連する記述も多数(^^) 被写体の本質を見出して写真に仕上げるには撮る以上に見ることが大事だ、と申しますが、岩波写真文庫の編集部やカメラマンも撮影の前後には取材を入念に行っていたのかな、きっと、と思います。

・ ・ ・ ・ ・

本が好きで神田神保町に通い詰めていた学生時代のひととき、箱にごっそり入って古本屋の店頭に並べられているのを読んで何ともいえない感動を受けたシリーズでした。椿の茶屋にとってこの本は、刊行から60年以上を経た今読んでも内容がとても新鮮に感じられ、写真のあり方としてのお手本、といいますかひとつの目標であり続けているようなものです。

最も被写体にされやすいものは、美しいもの。美しいというのはもちろんひとつのメッセージである(したがってそれ自体写真としてアリである)が、しかし美しいものからも醜いものからも、特異なものからも平凡なものからも目をそらさない。目の前の事実すべてに目を向け、事物の背景までつかみ取って写真に収め、文章と組み合わせて冷静に提示する。えらそうなこと言いやがって、お前できてんのか? といわれると・・・あんまり出来ていないのですが、なんとかそれを目指したいなと・・・思います(笑)


スポンサーサイト
2016-09-04 : 機材・写真って : コメント : 4 :

撮影機材について

ニューヨークはいよいよ最低気温アンダー・マイナス10℃の、一年で最も寒い季節です。この記事を書いている現在(昼間)は気温マイナス1℃、窓の外には小雪が舞っています。昨年に比べればずっとましですけど、寒いことには違いありません。日本にいるとき以上に、被写体に困りますねえ。長時間の外出がつらくなるので(苦笑) こうやって室内でぐずぐずしている間にも小鳥さんたちは元気に林の中を飛び回っているのでしょうが・・・

てなわけで、蛮勇をふるって(^^;)機材について書きます。

いま椿の茶屋の手元には、レンズ交換ができるものもできないものも含めて、カメラが7台あります。うちニコンが6台(デジタル3、フィルム3)、高校生のとき父が買ってくれたペンタックスが1台。それぞれに大なり小なりの思い出はありますが、人さまに特に自慢できるようなレベルのモノはありません。

その中で現在の主力はNikon1 V2というミラーレス一眼に、1Nikkor VR 10-100mm F4-5.6という高倍率ズームの組み合わせです。海外赴任中に写真に費やす時間とお金は最小限にしようと思って、これ以外の機材はぜんぶ日本に残してきました。ですから、アメリカではほんとにこれ一台で撮っています。


B20140727_001_1.jpg
Nikon1 V2 + 1Nikkor 10-100mm F4-5.6


そもそもどうしてこういうカメラを使う気になったか。そこには多少の背景がありまして、ここで本を二冊引き合いに出します。どちらも古い本で、読むとすれば古本屋か図書館へ行く必要があります。日本の書棚に置いてきてしまっておりますので、記憶をたどりながら・・・

◆◆◆ 高坂知英著「ひとり旅の知恵」(中公新書・昭和53年)
写真について独立の項を設けて述べています。要は:
 ・ 欧州旅行をするときは広角レンズを持ち歩く。
 ・ 被写体には色彩に意味のあるものと形態に意味のあるものとがあるので、ボディ二台を持ち歩いてそれぞれに
   カラーと白黒のフィルムを入れている。
 ・ 一眼レフは大きすぎる。自分はS型(レンジファインダー)ニコンを愛用していたが製造中止になって久しく、
   仕方なしに小型の一眼レフを買って間に合わせている。
広角端24~28mmのズームレンズが一般的になった現在では一番目のポイントが問題になることは少ないでしょうし、デジタルの世の中ではフィルムの種類にあわせてボディをたくさん持ち歩く必要もありません。椿の茶屋が心の中で強く賛同するのは三番目です。

◆◆◆ 佐貫亦男著「ドイツカメラの楽しみ」(小学館文庫・平成10年)
著者は東大の航空工学の教授だった人。戦前から戦後しばらくにかけてのドイツ製カメラを、思い出話をまじえながら、一台ずつほめたりけなしたり、という本です。大枚はたいて買ったコンタックス(ヤシカ・京セラモデルじゃなくて戦前のツァイスのやつです)が重すぎたので、軽くて小型のバルナック・ライカを持って戦時下のスイスで氷河などを撮り歩いたことが書かれていました。重いといったってコンタックスIIのボディが約600gですから現在の一眼レフをみる尺度に照らせば大したことはないのですが・・・ペンタプリズムとミラーボックスを備えた一眼レフがカメラ構造の主流を占めるようになった約50年の間に、カメラの大きさや重さに対する世の中の評価基準自体も変わってしまったのかもしれないなぁと思います。

てなわけで、風景の細密写真などを撮るはっきりした目的があるなら別として、大型機材でフットワークや撮影モチベーションを損ねてしまったら本末転倒でしょ、と言いたげな先人の思想が、椿の茶屋の精神的な支えになっております。・・・まあしかし、とはいっても、たとえば美しすぎる夕焼けを目の前にしたとき、フルサイズのカメラと三脚といいレンズがこの手の中にあればなぁーなんて思いがよぎることもよくあります。カメラの使い分けは難しいですね(笑)

さて、Nikon1 V2と10~100mmの高倍率ズームの話に戻ります。このカメラのいいところとイマイチなところを自分なりに整理すると、だいたい以下の通りです。

ボディ
○小型軽量。これまた小型のレンズと併せて、せいぜい600g。長時間の山歩きでも苦にならない大きさと重さ。
 ザックに収納するとき、パッキングのじゃまにもなりにくい。
○アイレベルファインダー。(後継機V3では外付けになってしまったのが気に入らない)
▲雨の中での使用に一抹の不安。(防塵防滴構造などではありません)
▲分厚いグローブを外せないような雪山では、ボタンの大きい一眼レフのほうが使いやすい。

画質
○テレ端(35mm判換算270mm)で65cmまで寄れ、しかも高いシャープネスを出してくれるレンズ。
○ワイド端でも必要十分な水準。
○被写界深度を大きく取れる。昆虫撮影にはありがたいところ。
○悪くないボケの形と溶け具合。
▲狭いラチチュード。とはいってもポジフィルムなんかよりはるかに使いやすいですが。
▲やや乏しい階調。微妙な質感やグラデーションの再現を狙うときはもっと大きなカメラを使うべき。
▲ボケ量の少なさ。上述の通りボケ味自体は悪くないので、撮り手の工夫次第だろうと思います。

撮影機能
○高い連写性能。メカニカルシャッターで秒5コマいける。
○AFの合焦速度。動きものを撮るときには重要なポイントのひとつ。
▲被写体によってときどき起こるピントはずれ。やばいと思ったら何枚か撮っておくべき。
▲暗いところでもう一段の進歩がほしい、AFの食いつき。
▲使う気にならない手動のピント合わせ機能。

その他
○レンズ交換可能。
○RAW撮影可能。
▲なかなか増えない交換レンズ。アダプターを買えばFマウントレンズも使えるが、このカメラ最大の長所
 (小型軽量)を損ないかねない。
▲アクセサリー類が高価。

総合して、椿の茶屋は満足度90%ってところです。山カメラとしては「いい」と思います。三脚を据えて一瞬を待つような撮り方をするなら別ですが、コースタイム+αくらいで普通に登山しながら目についたものを題材にしてその場で撮っていくわたしのような楽しみ方では、小さくて軽い機材のほうがフットワークがよくなり、それとともにいい被写体にめぐりあえる確率が上がり、また登山そのものもより安全になると思うのです。登山用ザックにカメラを収納するときも、パッキングが圧倒的に楽です。ただ防塵防滴だけはどうにもなりません。雨の日に使うとすれば、いろいろ工夫や気遣いは必要かもなーと思います。


B20140727_002_1.jpg
Nikon1 V2 + 1Nikkor 10-100mm F4-5.6


2015-02-08 : 機材・写真って : コメント : 9 :
ホーム

プロフィール

椿の茶屋

Author:椿の茶屋
そうなったら、瞬間に向かってこう呼びかけてもよかろう。留まれ、お前はいかにも美しいと。

最新トラックバック

検索フォーム

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QR