583系引退の報

掲題、先日ニュースで報じられたようです。4月に秋田で最終運転をするとか。

乗り物大好き少年としての自分を振り返ると、鉄道車両にしても飛行機にしても、はたまた自動車にしても、最初に乗ったものが最も強く印象に残っている傾向があります。飛行機は本土復帰後間もない沖縄まで乗ったロッキード・トライスター、自動車は父のトヨタ・パブリカと祖父の三菱コルト、そして初めて乗った寝台特急列車がこの車でした。

新登場(昭和42年・581系)からちょうど50年。よくぞこんなに長生きしました。ありがとう。


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2009/6/27 高崎線上り「わくわくドリーム」号


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2009/8/15 北陸本線下り急行「きたぐに」号


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2017-02-19 : 鉄道 :

北海道の鉄道旅よどこへ行く

電車小僧の名残をかすかにとどめたおっさんの心にずしんと響くニュースを今日の日経朝刊で見つけました。JR北海道が全路線の約半分について、もはや自力では維持できませんと公表。一部は廃止、ほかは上下分離方式などを模索する、云々。記事にはこうも書いてありました。札幌市周辺地域を除く北海道ではこの25年間に人口が17%減少。要するに、6人に1人が消えたってことですか。・・・上下分離によって鉄道が本当に残れるならそれでよいでしょうが、人口がそれほど急激に減少している地域の自治体が鉄道設備を長期にわたって維持していくためのお金を調達しさらには返済することができるのかという問題は残るでしょう。社会や経済のあり方との関連で言いたいことはなくはありませんが、そこはちょっとおいといて・・・

北海道の鉄道網といえば、かつて若者の旅行にとってなくてはならないインフラでありました。つい気になって書棚から引っ張り出してきた当時の切符です。

その1、北海道ワイド周遊券。急行列車の自由席までであれば、これ一枚でどこへでも行けました。ワイド周遊券という切符自体、廃止されて久しくなります(現在は北海道フリーパスという切符があるようです)。


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2016/11/19


その2、急行まりも号の指定席券、当時のコンピュータのカタカナ打ち切符。あの頃まだ地上駅であった札幌駅から終点の釧路駅まで乗りました。釧路から赤い気動車1両だけの別の急行列車に乗り継いで根室へ、そして納沙布岬まで行きましたが、7月下旬でもとても寒い朝だったことを思い出します。下段は、網走から函館まで乗った特急おおとり号の食堂車の領収書。函館からは青函連絡船、そして青森で東北本線の夜行と乗り継いで、網走から上野まで約22時間でした。それにしてもなんと物持ちのいいことよと、われながら感心。


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2016/11/19


その3、入場券も買いました。これらの駅のうちいくつかは既になくなり、多くは上記の合理化で影響を受けそうです。変わらないのは札幌ぐらいか。


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2016/11/19


持ち出して眺めれば青年の頃の夢も苦しみも思い出す旅の切符ですが、根室や網走や稚内へ行く鉄道がなくなっていまどきの若者は困らないんだろうか、と、ふと考えました。困っていない・・・のかもしれませんねぇ。以前北アルプスによく付き合ってくれた下の娘は、大学生になったらイランへ旅してイスファハンの街を見たいとぬかしております。どうも、北海道周遊の旅にあこがれるといった発想をそもそも持ち合わせていないようで。


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2016-11-19 : 鉄道 : コメント : 4 :

早春の富山にて

前回の更新から2週間空いてしまいました。何かと忙しい季節です(^^;)

先週末、富山を訪れる機会がありました。夜行列車で通過したことは何度かあるはずなのですが、昼間の町に降り立つのは調べたら学生時代以来、30年ぶり。北陸新幹線の開通に伴って無機質に整備された駅舎や駅前広場には、当時のかすかな記憶と重なる面影はほとんどないように感じられ、かろうじて駅前の東急ホテルが思い出となってよみがえってきたのみでありました。月日の経つのは速いものです。

富山といえば立山・劔の3,000m級山岳やそれに連なる毛勝三山といった山々の姿を間近に拝める都市。今の季節はまだ山には近づけませんので、じゃあ雪山と鉄道の一石二鳥だっ!(笑) と考えついて、富山地方鉄道の沿線を歩き、常願寺川に架かる長い鉄橋にたどり着きました。あいにく暖かい日で空気の透明度が低く、肝腎の山は霞んでしまいましたが・・・


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富山地方鉄道 越中荏原~越中三郷間 2016/3/5


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富山地方鉄道 越中荏原~越中三郷間 2016/3/5


時間がたっぷりできたらこの電車にゴトゴト揺られて、黒部源流の山々に入ってみたい・・・なあ・・・と、心ひそかに考えています。


2016-03-13 : 鉄道 : コメント : 2 :

稲刈りの季節

椿の茶屋は大学生の頃から、PCで使うデータの保存性を強い疑いの目で見ています。今から約30年前、OSはMS-DOSの時代。「松」というワープロソフトで書いた卒論・修論や学会論文は、実験データともども、すべて5インチのフロッピーディスクに入れていました。しかし今そんなものを読み出せる環境はもはや身の回りにはありません。行くところへ行っておカネを払えばできるのかもしれませんけど・・・自分が精魂込めて作り上げたものがただのプラスチック片になってしまうのを見るのは、実にむなしいものであります。

ということがあって、写真に関してもわりとかたくなにフィルムを使い続けていました。しかし「ためしに一台くらい・・・」と思って都内某所の中古カメラ屋で初めてのデジタル一眼・ニコンD300を買ったとき、画像のシャープネスの高さと、色調を思い通りに変えられる絵作りの自由度の高さ(フィルムの頃はいちいちプリント店の店頭で指示を出して、それが気に入らないとまた焼き直してもらって・・・それを全部自分でできちゃうんですから)に心を奪われてしまい、それ以降フィルムカメラは(まだ3台ほど持ってますけど)ほとんど使わなくなりました。それが2009年初夏のことで、以来、データのバックアップに気をつかわされながらも使い続けています。そしてそのカメラを使ってこのブログ(旧ブログのほうです)を始めたのが2010年3月でした。

デジカメを買ったばかりの頃の撮影データをみると、北アルプスや八ヶ岳なんてものはまだ影も形もなくて、ひたすら撮り鉄(笑) 当時まだ多少残っていた旧国鉄型の気動車を地方のJR線やローカル私鉄で追いかけまわしていた、ということを思い出しました。最近、鉄道にはさっぱりレンズを向けておりませんが、山のシーズンオフになったらそろそろまた被写体を探してみたいなという気分でもあったりするもので、・・・前置きが長くなりましたが(笑)当時撮った中から一枚拾い上げました。

ちょうど6年前のこの季節。空気がかすんでいます。雨が近いので田んぼの稲刈りを急いでいたんでしょうか。そんな田園地帯を一両の古めかしい気動車がのどかに走っていきました。


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キハ205 ひたちなか海浜鉄道・中根~那珂湊間 2009/9/13


2015-10-03 : 鉄道 : コメント : 6 :
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そうなったら、瞬間に向かってこう呼びかけてもよかろう。留まれ、お前はいかにも美しいと。

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